
今のままで、ふるさとは本当に幸せになるのだろうか。
財務省で残業に追われていたある夏の深夜、そんな思いが、ふと、私の頭に浮かんで離れなくなりました。
当時、私は財務省で地方向けの補助金や交付税を削減する仕事をしていました。いわゆる「三位一体改革」です。三位一体改革とは、補助金などを削減する代わりに、税源を国から地方に移譲しようという改革です。地方の自主性や裁量性を拡大する方向性については賛同するところが多々あります。しかし、今、地方では、不景気にあえぐ中小企業、後継者のいない農家が増えています。こうした現状を放置したまま、税金を徴収する権限だけを移譲しても、税収が伸びるはずもありません。地方大学に進学した大学生が、仕送りを打ち切る代わりにアルバイトを自由にしてもいいと親から言われたものの、働こうと思ったらアルバイト先がなかった、というようなものです。
地方の自立は必要です。しかし、自立に向けた方策を講じることなく、ただ単に財政支出を抑えるだけでは、地方経済はどんどん衰退してしまう、私は、そんな強い懸念を抱いたのです。政府も、今後、都市と地方の格差が拡大すると予想しています。例えば、2000年と2030年の域内GDPを比べたときに、東京圏は10%以上経済規模が拡大する一方、人口10万人未満の地域は平均15%以上経済規模が縮小すると、経済産業省が発表しています。
地方出身の私にとって、ふるさと香川はもちろん、地方をこのまま放ってはおけない。これが、私が政治を志した原点なのです。
地方のことを真剣に考えている政治家があまりに少ない。
地方を切り捨ているような政策が、どうしてまかり通るのか。その背景にあるのは、地方のことを真剣に考えている政治家があまりに少ないからだと思います。地方活性化と言っても、選挙対策の一環でしかなく、そこに、地域に対する愛着や愛情を感じることができません。しかし、こうした現状も仕方がないのです。今、政治家の多くが、東京生まれ、東京育ちの2世、3世議員です。こういった政治家に地方の現状を分かってもらいたいと願っても限界があります。官僚にしても、同じような状況です。彼らの知る地方の現状は、テレビや新聞・雑誌の中の地方でしかありません。どこか他人事なのです。
ふるさとを守る防人として、全身全霊を傾けたい。
私は、地方の良さと現状を肌で感じて育ちました。地方には、自然に包まれて暮らせる贅沢、効率性だけではない、包み込むような大らかさなど、経済中心の都会にはない良さが満ちあふれています。そんな地方にも、格差社会の波は大きく打ち寄せています。工場の海外移転や農作物の輸入拡大など、経済のグローバル化の影響は、むしろ地方のほうが甚大です。しかし、単なるバラマキ政策で問題が解決できる時代は終わりました。これからは、厳しい財政状況という制約の中で地方の国際競争力を強化するという困難な方程式を解いていかなければなりません。
地方が直面するこうした現状を考えたとき、今こそ、地方と世界の両方が分かる政治家が必要なのではないか、もし、そうであるなら、地方に生まれ育ち、広い世界も見てきた自分に出来ることが、たくさんあるのではないか、そんな思いが、日に日に募ってきました。
そして、郵政民営化法案が参議院で否決された丁度その日、私は財務省に辞表を提出し、ふるさと香川行きの飛行機に乗っていました。銀波きらめく瀬戸内海の風光を眼下に、「ふるさとを守る防人(さきもり)になる」、そう心の中で誓ったのです。
衆院選落選を経験してから、早や2年が経ちましたが、当時、私が懸念したとおり、地方の経済や社会は急速に疲弊してきています。都市と地方の格差は開くばかりです。私は今、ふるさとの皆さんと膝を交えて語り合う中で、自分の2年前の決断は決して間違っていなかったと確信を強めています。そして、国政の場で働くチャンスをいただけるなら、何よりもまず、日本の地方の、そして、香川の再生に全身全霊を傾け、一所懸命に取り組んでいきたいと考えています。 |