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2018.01.27

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「明治150年礼賛」を超克する

先日の代表質問でも取り上げましたが、今年、平成30年は、明治元年、西暦1868年から満150年の年に当たります。

政府は、さまざまな明治150年関連施策を用意していると承知しています。同時に、今を生きる私たちが忘れてはならないのは、明治150年は、戊辰戦争150年でもあるという事実です。

鳥羽伏見の戦いにはじまる戊辰戦争に心を痛めた幕末の女流歌人、太田垣連月は、このような和歌を詠んだとされます。

「あだみかた 勝つも負くるも哀れなり 同じ御国の人と思えば」

戊辰戦争は、日本人同士が戦わざるを得なかった、立派な「内戦」です。

明治から150年のいま、日本の近代化に力を尽くした先人の労苦に感謝し、思いを寄せるのは意義のあることだと思います。しかし、それが単なる明治維新礼賛で終わるのであれば、150年前の国民的な分断を今によみがえらせるだけになるのではないかと危惧します。

むしろ、今を生きる私たち明治維新の光も影も含めて、自らの歴史の一部としてあるがままにうけとることが肝要ではないかと考えます。

そのような歴史的な時間軸のつながりに加えて、社会的な人と人との面的なつがなり、そして、自然や世界の中で「活かされている」という地球的な空間におけるつながりを想起し、後世への責任を引き受けるそして、歴史的・社会的・地球的紐帯の中で、この「活かされている」自己という自然の摂理に思いをいたし、「確かに守るべきもの」を認識するこれが私の考える「保守」の根本です。

この考えこそが、単純な善悪の二元論や社会的な分断を乗り越えて、これからの日本を創造していくにあたっての基本的な理念であると考えます。

今を生き、将来に責任を有する現代の我々が、明治150年、戊辰150年に際して、あらためて歴史の教訓を胸に刻み、新しい時代をつくりあげていかなくてはなりません。